
京都と刺身。この組み合わせに首をかしげる人は多い。海のない内陸の都市で、なぜわざわざ刺身を? という疑問はもっともだと思う。でも、実際に東山区に住んで10年以上が経つ私には、京都の刺身文化はもはや日常の一部だ。先斗町の小料理屋でひとり飲みするとき、錦市場をぶらぶらしながら串を買うとき、刺身は必ずそこにある。海から遠いからこそ、京都の料理人たちは素材の選び方と扱い方に独自のこだわりを育ててきた。それがどういうことなのか、よく受け取る質問を手がかりに整理してみたい。
## 京都で刺身が食べられる理由は?
正直、最初に京都に来た頃は私も半信半疑だった。でも歴史をたどると答えは明快で、京都の料理人たちは江戸時代から「活魚の輸送」と「保存の工夫」を組み合わせて海産物を手に入れてきた。若狭湾(福井県)から京都へ続く「鯖街道」はその象徴で、塩で締めた魚を運ぶルートが整備されていた。現代では冷蔵技術と交通網の発達で、日本海や太平洋の新鮮な魚が翌朝には錦市場に並ぶ。距離のハンデは、もうほとんどない。
## 京都の刺身は何が特徴的?
一言で言えば「引き算の美学」だと思う。派手な盛り付けより、素材そのものの味を見せることを優先する。切り方も厚さも、料理人によってかなり違う。祇園や木屋町の割烹では、平造り(薄く削ぐように切る)と引き造り(繊維に沿って引く)を使い分けているのをよく目にする。わさびは本わさびをその場で山葵おろし板で磨るところも多い(市販のチューブわさびとは香りが全然違う)。醤油も、京都では昆布出汁を合わせた「出汁醤油」を使う店が少なくない。
## 錦市場で刺身は買えますか?
買える。「京都の台所」と呼ばれる錦市場は寺町通から高倉通までの約390メートルのアーケード商店街で、複数の鮮魚店が店頭に刺身の盛り合わせや切り身を並べている。私がよく立ち寄るのは午前中の早い時間帯(10時前後)で、その日の仕入れが並びはじめたころが一番活気がある。価格は盛り合わせで800円〜1,500円程度が多い。ただ、観光客が増えてから値段も上がり気味で、地元の人間として複雑な気持ちもある。まあ、それでも質は悪くない。
## 京都で刺身が食べられるおすすめのジャンルの店は?
ジャンルによって体験がかなり変わる。大きく分けると三種類あると思う。一つ目は「割烹・小料理屋」。祇園や先斗町に多く、コースの一品として提供されることが多い。一人前の刺身が出てくるというより、三種盛りが前菜として登場するイメージ。値段は夜のコースで15,000円〜30,000円ほどが相場(はっきりした金額は店によって全然違うので確認を)。二つ目は「居酒屋・地酒の店」。四条河原町周辺や木屋町に集中していて、刺身の単品注文ができる。一皿600円〜1,200円くらい。三つ目は「寿司屋」。いわゆる刺身定食が食べられる町の寿司屋は、千本通あたりにまだ残っている。
## 何の魚が多いですか?旬はある?
旬は間違いなくある。春(3月〜5月)は鯛や甘エビが多く出回る。夏(6月〜8月)は鱧(はも)が京都の食卓を席巻する時期で、刺身より湯引きが主流だが、薄造りで出す店もある。秋(9月〜11月)は戻り鰹とサーモン。冬(12月〜2月)は寒鰤(かんぶり)とヒラメが主役になる。私のノートを見返すと、去年の1月14日、曇り、祇園の小料理屋でヒラメの薄造りを食べた記録がある。あの透き通った白さはしばらく頭に残った。
## 刺身を食べるときのマナーや作法はありますか?
そんなに難しく考えなくていいと思う。ただ、いくつか知っておくと料理人への敬意につながることがある。まず、刺身はなるべく左から右へ、淡白な味のものから脂ののったものへと食べ進める(そう盛り付けている料理人が多い)。わさびは醤油に溶かさず、直接刺身にのせてから醤油につけるのが本来の食べ方とされている。でも正直、ひとりで居酒屋にいるときは溶かしてしまうこともある。誰かと一緒のときは、まあ、一応のしきたりを意識するくらいでいい。大切なのは、素材の味を楽しむ気持ちだと思う。
## 京都の刺身は他の地域と何が違うのか、正直なところ教えてください
これは正直に言うと難しい質問で、私も答えに迷う。東京や大阪と比べて「圧倒的に違う」とは言いきれない。でも、いくつかの点で確実に異なると感じることがある。一つは「器(うつわ)」への意識で、京都の料理人は刺身を盛る器に相当こだわっている印象がある。清水焼の皿、信楽の板皿、季節の葉をあしらった演出。刺身そのものだけでなく、目に入るすべてが料理の一部だという考え方が染み付いている。もう一つは「量より質」の傾向。大皿に山盛りというより、三切れ五切れを丁寧に、という盛り方が多い。物足りないと感じる人もいるかもしれない(私はたまに感じる)。
## 予算はどれくらい見ておけばいいですか?
目的によって全然違う。錦市場で立ち食いなら500円〜1,000円で十分楽しめる。居酒屋で刺身の盛り合わせと日本酒を一杯なら、合計で2,500円〜4,000円くらい。ちゃんとした小料理屋でコースの一環として味わうなら、最低でも8,000円〜12,000円は見ておいた方がいい。私が個人的にコスパがいいと思うのは、昼営業をしている割烹の「刺身定食」で、確か1,200円〜1,800円くらいのところが複数ある(念のため各店の最新情報を確認してほしい、昼営業をやめた店もあるので)。
---
そういえば先月、取材で奈良に行く途中、近鉄京都駅の近くにある小さな魚屋の前を通ったら、ショーケースにマグロの中トロが艶やかに並んでいた。思わず足を止めて、ノートに「11:23、曇のち晴、中トロのかたまりが美しかった」と書いた。海から遠いこの街で、どうしてこんなにみずみずしい魚が手に入るのか、毎回不思議な気持ちになる。あなたが京都で最初に食べる一切れは、どこで選びますか?
